オレは今、名もなき遺跡の中を干からびた人間――ミイラ三体に追いかけられ、今死ぬほど走っている。
遺跡と言っても、ここは墓場のようなジメジメした場所ではなく、美しい花が咲き誇る園庭である。ただ普通の園庭と違うのは、垣根が高く、まるで迷路のように入り組んでいるところだ。
そんな美しい園庭の中をオレはミイラとともに追いかけっこしているのだ。こっけいにもほどがある。
心の中ではそんな風に考えてはいるものの、現実は息は絶え絶えで、空気を吸いたくても落ち着く暇もない。
焦っていたため、よく見てなかったけど、つるがあったようで思い切り足を引っかけてしまう。
いつもなら傷があるかどうかとか、いろいろと確かめる。でも今は後ろからミイラが来ているのだ。そんな暇などない。
オレは後ろを振り返る。ほんの数歩先までミイラは来ていた。
恐怖のあまり立ち上がれない。
南無三! この遺跡の完全発掘という功績を独り占めにしようと一人でくるんじゃなかった! オレはいろいろと悔いる。
ミイラは一歩一歩オレの足下に近づいてくる。
もう絶体絶命! オレの人生はここで終わった、と絶望している瞬間だった。
指を鳴らす音が三回聞こえた。
その音と同時に、オレに一番近かった一体のミイラは発火した。目の前で発火したため、叫び声を出してしまう。
よく燃えた後、ミイラはそのまま朽ちた。
「ちょっと?」
澄んだ少女の声が後ろから聞こえてきた。オレは声のする方を振り返る。ミイラも顔を向ける。
「それ以上その人を襲うなら、あなたたちも燃やすわよ」
銀の髪を右で結んだ十四、十五ぐらいの少女がミイラに向かって指を指していた。ファッションには無頓着だから、よくわからないけど、水色の目と紺色の長いワンピースがよく似合っているように見える。
少女の言葉を聞いたミイラは、カタカタと身体を震わせると、頭を下げ、そのまま元来た道を戻っていった。
「ふう。やれやれ」
少女はそうため息をつくと、
「そこのおにいさん、立てる?」
と手を差し伸べた。
「あ……。ああ」
オレは少女の手を頼りに立つ。
「ありがとう。助かった」
こんな名前もない遺跡に幼さが残る女の子がいるのは明らかに場違いだ。しかし、助けてもらったのには変わりはない。お礼を言う。
「どういたしまして」
女の子はワンピースの裾を軽くあげ、頭を下げると、
「ねね、なんで、ミイラに追いかけられていたの?」
と質問してきた。
オレは、ちょっと顔が熱くなりながらも、
「あ……。ああ。ちょっと、この遺跡の探索をしていてね。でも、ちょっとしくじって、トラップを押しちゃったみたいでさ」
と答える。
「ふうん」
少女は、聞いてきた割には無関心そうにオレの話を流す。
オレは改めて場違いな少女に、ここにいる理由を聞こうと思って、
「ところで……」
と声をかけた。
「あ。こっちじゃないわね」
何かに気がついた少女は、奥へと走って行った。
もちろん、オレも追いかける。
しかし、曲がり角を曲がったオレの目から少女は消えていた。少女はえらく足が速いのだろうか。
「なんだったんだ……?」
オレはそれしか言葉がでなかった。
それから一時間後のことだ。
いったん帰ろうか、もう昼も過ぎた頃だし、と思って、来た道を戻ることにした。
十分戻っても、三十分、元来た道を歩いても――自分がチョークでマークした箇所に戻れないのだ!
ミイラに追いかけられたときはさすがにマーキングできなかった。でもこの遺跡は曲がりくねっているとはいえ、一本道。迷うはずがない。
このまま朽ち果て……もしかしてオレもミイラになってしまうのでは? というか、ミイラはオレと同じ探索者だったのでは……?という焦りと疑惑の念を持ってしまう。
オレは自分の失態に後悔とイライラを覚える。
そして、ちょうど曲がり角を曲がる直前で、
「コンチクショー!」
と思い切り叫んだ。
「うわああああ!」
曲がり角の向こうから、少年の声がの絶叫が聞こえた。
オレもその声にびっくりする。
曲がり角の向こうには背の高い黒髪の少年がしりもちをついていた。白いワイシャツに紺色のベスト、ベストと同じ生地のスラックスを着ている。手には黒い革の手袋をはめていた。
年齢は十四、十五ぐらいに見える。
少年をよく見ると、左目は水色だけど、右目が赤い――邪眼持ちだ。
「ちょっと? なに急に叫んでいるんですか?」
少年は立ち上がると、あきれた目でオレを見る。
よくよく考えたら、この少年もこの遺跡には場違いだ。でも、オレと反対側から来たのだ。この場では帰り道を聞くしかない。
そう思って、口を開けようとした瞬間、
「おにいさん。その様子だと、帰り道がわからなくなっているでしょ?」
とほんのうっすらと笑う。
「この遺跡は、入ったら最深部まで行かないと、帰れないんです」
少年の話したとんでもない事実に、オレは口が閉じられない。
「だから、ここを調査して帰ってきた人がいないんですよ。途中で帰れないから」
オレの顔から血の気が引いてくのがわかる。
「そんな顔を真っ青にしなくても。帰る方法はあるんですよ。簡単じゃあないですか」
少年はまるで正解があるパズル遊びのように言うものだから、
「そんなに簡単だったら、こっちは困らないよ!」
ともう一度思い切り叫ぶ。
少年は腕を組み、少し悩むと、
「ん……。じゃあ、一緒についてきます? 先に入った妹と落ち合わなきゃいけないし」
とオレに提案をする。
もちろん、オレはうなづいた。
迷路のような園庭の奥は、石造りでできたほこらだった。扉は木でできていた。
そのほこらの前に、先刻の銀髪の少女が一人立っていた。
「ううん……。開かないわ……」
少女は頭を抱えている。
「ウィズ? さっさと取ってくる! って意気込んでいた割には、なかなか帰ってこないから心配したよ。なにやってるの」
少年にウィズと呼ばれた少女は振り返る。
「あ、ジャス! 何度もやっても開かないのよ。どうしたらいいかしら?」
「そんなことありえないよ」
「なら、ジャスがやってみてよ」
少女にジャスと呼ばれた少年は、ほこらの前に立つ。そして、指を一回鳴らすと、
ほこらの扉に手をかけ、横に引こうとする。
しかし、うんともすんとも動かない。
「でしょー? 開かないでしょ?」
少女は少年にじとーっとした目で見る。
「うう……。そんな……。ここまで来たのに、開かないなんて……」
少年はがっくりと肩を落とす。
オレはふと、
「それ、横に引くんじゃなくて、押すか前に引くんじゃないか?」
と落ち込んでいる二人に声をかける。
「へ?」
二人は声をそろえ、オレの方を見る。
「そ……そんな……。あたしの一時間は……。」
少女はがっくり膝を落とす。それから、両手も落とす。明らかに落ち込んでいる。
「とりあえず、開けるよ」
少年はほこらの扉を引いた。
「あっ!」
扉の中をのぞいた少年は、声を裏返す。
「どうしたの、ジャス?」
少女は立ち上がると、ほこらをのぞき込む。
「あ!」
少女の声もひっくり返る。
「もしかして、ここに常闇のグリモワールがあるのか?」
オレは二人の後ろからほこらの中を見ようとする。
「いや、ないんだ」
少年は首を横に振る。
「え、ないだって? そんな!」
オレは悲鳴に近い声を上げる。
「っていうか、おにいさん。あなたも常闇のグリモワールを取りに来たの? どこの情報?」
少女は訝しげな目でオレを見る。
「どこの情報って……古文書だよ! 大学の図書館にあったやつ! オレは学者……まだ学者見習いだけど……この常闇のグリモワールを手に入れることが出来れば、学者として認められるって思って来たんだよ!」
オレはすごい勢いで二人に話す。
「はあ」
二人の反応は思ったより薄い。
オレはちょっと恥ずかしくなった。ほてった顔をなんとかごまかそうと咳払いをしてから、
「ところで、君たちこそなんでそんなところにいるんだい?」
オレは二人に尋ねる。
二人は顔を見合わせてから、同時に空を見る。またまた同時にオレの顔を見ると、
「ちょっと野暮用で、常闇のグリモワールを探していまして」
少年はそう答える。
「そうそう。夏休みの宿題な感じよ」
少女はそう続ける。
「それはどこのギムナジウムだ? そんな学校あるか?」
オレは思わず二人にツッコむ。
「まあ、ウィズ。そういう細かいところはどうでもいいよ」
どうでもいいわけない……オレはそう言いたかった。しかし、少年はすぐに、
「あなたも常闇のグリモワールを探しているんですよね?」
とオレに話しかけてきた。
「あ……ああ。そうだよ」
オレは仕方なしに頷く。
「それは偶然ですね。ボクらも探しているんですよ」
少年は無表情でこっちを見る。
「そうでなきゃ、お互いここにはいないだろ……」
オレは少年の言葉に脱力する。
「ま、そうだけどさ。ここにない、ってことはさ。探さなきゃならないってワケでしょ?」
少女はオレの顔を覗き込む。
「あ……。ああ。そうだな」
オレはなんとなく少女の水色の瞳が怖くて、目をそらしてしまう。
「というわけで、一緒に常闇のグリモワールを探しませんか? 分け前は半分ってことで」
少年はオレにむかって、人差し指を指す。
「分け前って何だよ……。一冊しかないだろ……」
オレはもっと脱力する。
でも深く考えてみたら、彼らがいなければ、オレはここまでたどり着けていないのだ。恩は返さねば、オレの気持ちは落ち着かない。
「わかったよ。オレの名前はエリュ。一緒に探してくれ」
オレは二人に手を差し出す。
「ボクはジャス。こっちは妹のウィズ」
「よろしく、エリュ」
少年のジャスと少女のウィズと握手をすると、
「それじゃあ、ここから脱出しますか」
ジャスはそう言って、カフスボタンを外すと、袖をまくり始めた。
「なにをはじめるんだ?」
オレは、ほこらに頭をつっこむジャスに尋ねる。
「ここを抜け出す道具があるはずなんです」
ジャスはそう言って、腕までほこらにつっこむ。
「あ、あった。これまでなかったら、ボクらは詰んでたね」
ジャスはそう言って、腕と頭をほこらから出す。手には白い円盤が握られていた。
円盤には古代文字と思われる文字が円状に彫られていた。その上から金粉と思われるものでコーティングされている。
「なに、これ」
オレはジャスに尋ねる。
「ざっくり言うと、このほこらはいわゆるワープゾーンです」
「ざっくりしすぎでわからない」
オレはじとっとした目をする。
「これを読むと、この遺跡の入り口まで飛ぶみたいね」
ウィズはジャスの持っている円盤を見る。
「よ……読めるのか……? 古代文字……?」
オレは絶句してしまう。
一応、考古学を志した身、古代文字を読めないことはない。大学における古代文字の単位は下から数えた方が早い成績でなんとか取った。
端的にはっきり言おう。
オレは古代文字が苦手だ。
しかし、オレが在籍している最高学府の中でも古代文字が得意な人は一割もいないはずだ。
オレだけが苦手ではないのはわかって欲しい。
そんな難しい文字を、こんな小娘がいとも簡単に読んだのだ。驚くに決まっている。
「ええ。読めちゃ、ダメかしら?」
ウィズは首をかしげる。
「い、いや。そんなことは」
オレは手のひらを振る。
「ならいいんですが。それでは、ゲートを開けますよ」
ジャスは完全にほこらの扉を開ける。
「ウィズ、実際に飛んで見せてよ。その次、エリュさんね」
「おうさー。ラジャー!」
ウィズはそう言うと、指を一回鳴らし、ほこらの中に身体をつっこむ。
その瞬間、黒い靄が彼女を包み込む。
靄が消えたと思ったら、ウィズは消えていた。
「お……おい。これって闇の術じゃあないのか……? この中を入るのか……?」
躊躇しているオレに、
「常闇のグリモワールを探しに来て何言ってんですか?」
そう言って指を鳴らしたジャスは、オレの背中を押した。
オレの身体はほこらの中に入ってしまう。
目の前が真っ暗になった。
オレは恐怖のあまり、子供のように叫んでしまう。
三十分ぐらい真っ暗な中にいる気がした。
「おーい」
遠いところから声が聞こえる。
「ねーちょっとー?]
オレの身体を何かが揺さぶってる。
「いい加減に起きてくださいよ。エリュさん、あなた、もう一時間は寝ているんですから!」
「一時間」というワードを聞いたオレは驚きのあまり、目を見開く。
「あーやっと起きた。脈はあったし、死んでいないから、目は覚めるだろうとは思っていたけど、一時間もこんな僻地でぼーっとしているこっちの身にもなってください」
ジャスは無表情に文句を言う。
「ここは……」
オレは起き上がり、あたりを見回す。
ツタが生い茂っている錆びた門が目の前にあった。門の周りを囲っているレンガにはコケがびっちり生えている。
空はとうに日が暮れ、オレンジと青が混ざって紫色をしていた。
「もしかして……ここは……」
「もしかしてじゃなくても、ここは入り口よ。常闇の園庭のね」
ウィズはオレに立つように促すと、
「さっさと何にもなかったこんな場所を出ましょ。歩きすぎて足が棒になるわ。身も清めたい!」
と大きく背伸びをする。
「とりあえず、バブルスシティまで戻りましょう。そこで一晩休んでから、常闇のグリモワールのありかの目星をつけましょう」
ジャスは腕を組む。
「そうだな。それしかオレも方法がおもいつかない」
オレは彼らに同意した。
遺跡と言っても、ここは墓場のようなジメジメした場所ではなく、美しい花が咲き誇る園庭である。ただ普通の園庭と違うのは、垣根が高く、まるで迷路のように入り組んでいるところだ。
そんな美しい園庭の中をオレはミイラとともに追いかけっこしているのだ。こっけいにもほどがある。
心の中ではそんな風に考えてはいるものの、現実は息は絶え絶えで、空気を吸いたくても落ち着く暇もない。
焦っていたため、よく見てなかったけど、つるがあったようで思い切り足を引っかけてしまう。
いつもなら傷があるかどうかとか、いろいろと確かめる。でも今は後ろからミイラが来ているのだ。そんな暇などない。
オレは後ろを振り返る。ほんの数歩先までミイラは来ていた。
恐怖のあまり立ち上がれない。
南無三! この遺跡の完全発掘という功績を独り占めにしようと一人でくるんじゃなかった! オレはいろいろと悔いる。
ミイラは一歩一歩オレの足下に近づいてくる。
もう絶体絶命! オレの人生はここで終わった、と絶望している瞬間だった。
指を鳴らす音が三回聞こえた。
その音と同時に、オレに一番近かった一体のミイラは発火した。目の前で発火したため、叫び声を出してしまう。
よく燃えた後、ミイラはそのまま朽ちた。
「ちょっと?」
澄んだ少女の声が後ろから聞こえてきた。オレは声のする方を振り返る。ミイラも顔を向ける。
「それ以上その人を襲うなら、あなたたちも燃やすわよ」
銀の髪を右で結んだ十四、十五ぐらいの少女がミイラに向かって指を指していた。ファッションには無頓着だから、よくわからないけど、水色の目と紺色の長いワンピースがよく似合っているように見える。
少女の言葉を聞いたミイラは、カタカタと身体を震わせると、頭を下げ、そのまま元来た道を戻っていった。
「ふう。やれやれ」
少女はそうため息をつくと、
「そこのおにいさん、立てる?」
と手を差し伸べた。
「あ……。ああ」
オレは少女の手を頼りに立つ。
「ありがとう。助かった」
こんな名前もない遺跡に幼さが残る女の子がいるのは明らかに場違いだ。しかし、助けてもらったのには変わりはない。お礼を言う。
「どういたしまして」
女の子はワンピースの裾を軽くあげ、頭を下げると、
「ねね、なんで、ミイラに追いかけられていたの?」
と質問してきた。
オレは、ちょっと顔が熱くなりながらも、
「あ……。ああ。ちょっと、この遺跡の探索をしていてね。でも、ちょっとしくじって、トラップを押しちゃったみたいでさ」
と答える。
「ふうん」
少女は、聞いてきた割には無関心そうにオレの話を流す。
オレは改めて場違いな少女に、ここにいる理由を聞こうと思って、
「ところで……」
と声をかけた。
「あ。こっちじゃないわね」
何かに気がついた少女は、奥へと走って行った。
もちろん、オレも追いかける。
しかし、曲がり角を曲がったオレの目から少女は消えていた。少女はえらく足が速いのだろうか。
「なんだったんだ……?」
オレはそれしか言葉がでなかった。
それから一時間後のことだ。
いったん帰ろうか、もう昼も過ぎた頃だし、と思って、来た道を戻ることにした。
十分戻っても、三十分、元来た道を歩いても――自分がチョークでマークした箇所に戻れないのだ!
ミイラに追いかけられたときはさすがにマーキングできなかった。でもこの遺跡は曲がりくねっているとはいえ、一本道。迷うはずがない。
このまま朽ち果て……もしかしてオレもミイラになってしまうのでは? というか、ミイラはオレと同じ探索者だったのでは……?という焦りと疑惑の念を持ってしまう。
オレは自分の失態に後悔とイライラを覚える。
そして、ちょうど曲がり角を曲がる直前で、
「コンチクショー!」
と思い切り叫んだ。
「うわああああ!」
曲がり角の向こうから、少年の声がの絶叫が聞こえた。
オレもその声にびっくりする。
曲がり角の向こうには背の高い黒髪の少年がしりもちをついていた。白いワイシャツに紺色のベスト、ベストと同じ生地のスラックスを着ている。手には黒い革の手袋をはめていた。
年齢は十四、十五ぐらいに見える。
少年をよく見ると、左目は水色だけど、右目が赤い――邪眼持ちだ。
「ちょっと? なに急に叫んでいるんですか?」
少年は立ち上がると、あきれた目でオレを見る。
よくよく考えたら、この少年もこの遺跡には場違いだ。でも、オレと反対側から来たのだ。この場では帰り道を聞くしかない。
そう思って、口を開けようとした瞬間、
「おにいさん。その様子だと、帰り道がわからなくなっているでしょ?」
とほんのうっすらと笑う。
「この遺跡は、入ったら最深部まで行かないと、帰れないんです」
少年の話したとんでもない事実に、オレは口が閉じられない。
「だから、ここを調査して帰ってきた人がいないんですよ。途中で帰れないから」
オレの顔から血の気が引いてくのがわかる。
「そんな顔を真っ青にしなくても。帰る方法はあるんですよ。簡単じゃあないですか」
少年はまるで正解があるパズル遊びのように言うものだから、
「そんなに簡単だったら、こっちは困らないよ!」
ともう一度思い切り叫ぶ。
少年は腕を組み、少し悩むと、
「ん……。じゃあ、一緒についてきます? 先に入った妹と落ち合わなきゃいけないし」
とオレに提案をする。
もちろん、オレはうなづいた。
迷路のような園庭の奥は、石造りでできたほこらだった。扉は木でできていた。
そのほこらの前に、先刻の銀髪の少女が一人立っていた。
「ううん……。開かないわ……」
少女は頭を抱えている。
「ウィズ? さっさと取ってくる! って意気込んでいた割には、なかなか帰ってこないから心配したよ。なにやってるの」
少年にウィズと呼ばれた少女は振り返る。
「あ、ジャス! 何度もやっても開かないのよ。どうしたらいいかしら?」
「そんなことありえないよ」
「なら、ジャスがやってみてよ」
少女にジャスと呼ばれた少年は、ほこらの前に立つ。そして、指を一回鳴らすと、
ほこらの扉に手をかけ、横に引こうとする。
しかし、うんともすんとも動かない。
「でしょー? 開かないでしょ?」
少女は少年にじとーっとした目で見る。
「うう……。そんな……。ここまで来たのに、開かないなんて……」
少年はがっくりと肩を落とす。
オレはふと、
「それ、横に引くんじゃなくて、押すか前に引くんじゃないか?」
と落ち込んでいる二人に声をかける。
「へ?」
二人は声をそろえ、オレの方を見る。
「そ……そんな……。あたしの一時間は……。」
少女はがっくり膝を落とす。それから、両手も落とす。明らかに落ち込んでいる。
「とりあえず、開けるよ」
少年はほこらの扉を引いた。
「あっ!」
扉の中をのぞいた少年は、声を裏返す。
「どうしたの、ジャス?」
少女は立ち上がると、ほこらをのぞき込む。
「あ!」
少女の声もひっくり返る。
「もしかして、ここに常闇のグリモワールがあるのか?」
オレは二人の後ろからほこらの中を見ようとする。
「いや、ないんだ」
少年は首を横に振る。
「え、ないだって? そんな!」
オレは悲鳴に近い声を上げる。
「っていうか、おにいさん。あなたも常闇のグリモワールを取りに来たの? どこの情報?」
少女は訝しげな目でオレを見る。
「どこの情報って……古文書だよ! 大学の図書館にあったやつ! オレは学者……まだ学者見習いだけど……この常闇のグリモワールを手に入れることが出来れば、学者として認められるって思って来たんだよ!」
オレはすごい勢いで二人に話す。
「はあ」
二人の反応は思ったより薄い。
オレはちょっと恥ずかしくなった。ほてった顔をなんとかごまかそうと咳払いをしてから、
「ところで、君たちこそなんでそんなところにいるんだい?」
オレは二人に尋ねる。
二人は顔を見合わせてから、同時に空を見る。またまた同時にオレの顔を見ると、
「ちょっと野暮用で、常闇のグリモワールを探していまして」
少年はそう答える。
「そうそう。夏休みの宿題な感じよ」
少女はそう続ける。
「それはどこのギムナジウムだ? そんな学校あるか?」
オレは思わず二人にツッコむ。
「まあ、ウィズ。そういう細かいところはどうでもいいよ」
どうでもいいわけない……オレはそう言いたかった。しかし、少年はすぐに、
「あなたも常闇のグリモワールを探しているんですよね?」
とオレに話しかけてきた。
「あ……ああ。そうだよ」
オレは仕方なしに頷く。
「それは偶然ですね。ボクらも探しているんですよ」
少年は無表情でこっちを見る。
「そうでなきゃ、お互いここにはいないだろ……」
オレは少年の言葉に脱力する。
「ま、そうだけどさ。ここにない、ってことはさ。探さなきゃならないってワケでしょ?」
少女はオレの顔を覗き込む。
「あ……。ああ。そうだな」
オレはなんとなく少女の水色の瞳が怖くて、目をそらしてしまう。
「というわけで、一緒に常闇のグリモワールを探しませんか? 分け前は半分ってことで」
少年はオレにむかって、人差し指を指す。
「分け前って何だよ……。一冊しかないだろ……」
オレはもっと脱力する。
でも深く考えてみたら、彼らがいなければ、オレはここまでたどり着けていないのだ。恩は返さねば、オレの気持ちは落ち着かない。
「わかったよ。オレの名前はエリュ。一緒に探してくれ」
オレは二人に手を差し出す。
「ボクはジャス。こっちは妹のウィズ」
「よろしく、エリュ」
少年のジャスと少女のウィズと握手をすると、
「それじゃあ、ここから脱出しますか」
ジャスはそう言って、カフスボタンを外すと、袖をまくり始めた。
「なにをはじめるんだ?」
オレは、ほこらに頭をつっこむジャスに尋ねる。
「ここを抜け出す道具があるはずなんです」
ジャスはそう言って、腕までほこらにつっこむ。
「あ、あった。これまでなかったら、ボクらは詰んでたね」
ジャスはそう言って、腕と頭をほこらから出す。手には白い円盤が握られていた。
円盤には古代文字と思われる文字が円状に彫られていた。その上から金粉と思われるものでコーティングされている。
「なに、これ」
オレはジャスに尋ねる。
「ざっくり言うと、このほこらはいわゆるワープゾーンです」
「ざっくりしすぎでわからない」
オレはじとっとした目をする。
「これを読むと、この遺跡の入り口まで飛ぶみたいね」
ウィズはジャスの持っている円盤を見る。
「よ……読めるのか……? 古代文字……?」
オレは絶句してしまう。
一応、考古学を志した身、古代文字を読めないことはない。大学における古代文字の単位は下から数えた方が早い成績でなんとか取った。
端的にはっきり言おう。
オレは古代文字が苦手だ。
しかし、オレが在籍している最高学府の中でも古代文字が得意な人は一割もいないはずだ。
オレだけが苦手ではないのはわかって欲しい。
そんな難しい文字を、こんな小娘がいとも簡単に読んだのだ。驚くに決まっている。
「ええ。読めちゃ、ダメかしら?」
ウィズは首をかしげる。
「い、いや。そんなことは」
オレは手のひらを振る。
「ならいいんですが。それでは、ゲートを開けますよ」
ジャスは完全にほこらの扉を開ける。
「ウィズ、実際に飛んで見せてよ。その次、エリュさんね」
「おうさー。ラジャー!」
ウィズはそう言うと、指を一回鳴らし、ほこらの中に身体をつっこむ。
その瞬間、黒い靄が彼女を包み込む。
靄が消えたと思ったら、ウィズは消えていた。
「お……おい。これって闇の術じゃあないのか……? この中を入るのか……?」
躊躇しているオレに、
「常闇のグリモワールを探しに来て何言ってんですか?」
そう言って指を鳴らしたジャスは、オレの背中を押した。
オレの身体はほこらの中に入ってしまう。
目の前が真っ暗になった。
オレは恐怖のあまり、子供のように叫んでしまう。
三十分ぐらい真っ暗な中にいる気がした。
「おーい」
遠いところから声が聞こえる。
「ねーちょっとー?]
オレの身体を何かが揺さぶってる。
「いい加減に起きてくださいよ。エリュさん、あなた、もう一時間は寝ているんですから!」
「一時間」というワードを聞いたオレは驚きのあまり、目を見開く。
「あーやっと起きた。脈はあったし、死んでいないから、目は覚めるだろうとは思っていたけど、一時間もこんな僻地でぼーっとしているこっちの身にもなってください」
ジャスは無表情に文句を言う。
「ここは……」
オレは起き上がり、あたりを見回す。
ツタが生い茂っている錆びた門が目の前にあった。門の周りを囲っているレンガにはコケがびっちり生えている。
空はとうに日が暮れ、オレンジと青が混ざって紫色をしていた。
「もしかして……ここは……」
「もしかしてじゃなくても、ここは入り口よ。常闇の園庭のね」
ウィズはオレに立つように促すと、
「さっさと何にもなかったこんな場所を出ましょ。歩きすぎて足が棒になるわ。身も清めたい!」
と大きく背伸びをする。
「とりあえず、バブルスシティまで戻りましょう。そこで一晩休んでから、常闇のグリモワールのありかの目星をつけましょう」
ジャスは腕を組む。
「そうだな。それしかオレも方法がおもいつかない」
オレは彼らに同意した。