「エリュさん。おはようございます」
バブルスシティの有名なカフェテリアでブランチのサンドウィッチを頬張っていると、昨日出会った双子、ジャスとウィズがオレの隣のテーブルに座った。
ジャスはクリームが挟んであるスポンジケーキとアイスストレートティ、ウィズはアイスミルクティをお盆にのせて持っている。
「エリュさん、早いのね。あたし、まだ眠いわ」
テーブルにお盆を置いたウィズは大きなあくびをする。
「おいおい。もう昼まで二時間もないぞ。寝過ぎだ」
オレはカフェオレでサンドウィッチを流し込み、彼女をあきれた目で見る。
「まあ、これからどうするか、ですよね」
ジャスはストレートティをストローですすると、肩掛け鞄から青い表紙の手帳と紺色の万年筆を取り出した。
広げた手帳には、びっちりと古代文字でなにかが書かれていた。こうクセのある文字だと、今使われているアリア文字ですら読めないのに、古代文字だとなおさら読めるはずがない。
「ホテルに戻ってから、ボクら上司から情報をいくつかもらったんですよ。たいした情報はなかったのですが……。情報屋さんってこの街にあるんですってね。その人に聞きなさいって言われまして」
「はあ」
ジャスの言葉にオレは目が点になった。
こんなクソガキ二人に上司? っていうか、情報屋? はっきり言って意味がわからない。
「情報屋ってどこにどんな人なのかしらね?」
「そんな職業あるのかなあ?」
双子はのんきに手帳をのぞき込み、楽しげに話す。
オレはいつギムナジウムの先生になったのか! いや、確かに学者は目指している。しかし、ギムナジウムに就職するつもりは毛頭ない。
「おい、おまえら。確かにこの街に情報屋はいるが、あんな怪しげなやからとオレは関わりたくない」
オレはテーブルを軽くたたく。食器は高い音を立てる。
「あ、そうですか。なら、ボクらだけでいきます」
いつの間にか空になった食器が載ったお盆を持ってジャスは立ち上がる。
「おいおいおいおい! おまえらだけで行くのか?」
オレは二人に食いつく。
「だって、エリュさん、行きたくないんでしょ?」
ウィズも空のグラスを持って立っている。
「いや! そういう意味ではない!」
オレも勢いよく立ち上がると、
「あんな犯罪者ギリギリのことをしているヤツらとつるみたくないんだよ! しかもそういうのがあるところは、たいてい、治安の悪いスラム街だ! おたくらみたいなお上品な坊ちゃんと嬢ちゃんがいくところじゃないんだ!」
とツバが出るほど、二人を止める。
「犯罪者で悪かったねえ」
老婆の声が聞こえてきた。
オレはその声の方向を見る。ウィズとジャスの目も同じ方向を見ている。
そこには薄汚れてよれよれのスカーフを頭に巻いた小柄で、見るからに貧相な老婆がジャスたちのテーブルの隣に座っていた。
オレは身体を半歩後ずさりする。
「おばあさん? もしかして、情報屋?」
ジャスは老婆にとぼけた声で尋ねる。
「人はわしのことをそう呼ぶね」
情報屋の老婆はしわがれた声で笑う。
「ねえねえ。情報屋さん。話を聞いていればわかっているかもしれないけれどさ。常闇のグリモワールを持っている人を探しているのよ。知らないかしら?」
ウィズは楽しそうな目で情報屋の老婆を見る。
「知っているよ」
ウィズは老婆の言葉に、
「うわあい! なら教えて!」
と楽しそうに両手を挙げる。
「教えてはやるが、ただではやれないね」
情報屋は嫌味な目をする。
「この世はなにもかも金だよ。金! 金さえあればなんでもかなうんだよ!」
情報屋の老婆は楽しげに卑しいことを言うと、牛乳を一気飲みする。
オレは心の中で頭を抱えた。
金はないわけではない。むしろ、実家はこの国じゃ金持ちのうちに入る。
しかし、こんな老婆がそんな情報を持っているとは思えない。支払ってまでの価値があるのかどうか……。
オレはそう考えていると、
「わかりました。小切手で良いなら。いくらですか? そちらの言い値でいいですよ」
ジャスはそう言って、鞄から国一番有名な銀行の小切手帳を取り出す。
老婆の言い値はオレの一ヶ月の食費ぐらいだった。
「わかりました」
ジャスは万年筆の蓋をひねる。
「おい、ちょっと!」
オレはジャスを止めようとする。
しかし、ジャスは小切手帳にさらさらと金額を記入すると、
「これでいいですか?」
小切手を切り離した。
「気前が良いね。坊ちゃん」
情報屋の老婆は小切手を受け取る。
「街外れの園庭遺跡に常闇のグリモワールがあったのは知っていたんだろ? で、その口ぶりじゃあ、取りに行ったみたいだね」
老婆はジャスの顔をニヤニヤと見る。
「ええ。でももうなかったんです。どこにあるかわかっていますよね?」
老婆が大きく馬鹿笑いをすると、
「ああ。わかっているさ。このバブルスシティで一番の資産家、ガンディさんのもとにある。書生さんが園庭遺跡までとりにいったって聞いたよ」
「なんのために?」
ウィズは老婆の目線まで頭を下げる。
「それは知らないね。こっちが持っている情報はこれぐらいだよ」
老婆は立ち上がり、空いたグラスを持つ。
「おいおい! それだけかい!」
オレは老婆の腕をつかむ。
「それだけでも十分な情報だろ? どこにブツがあるかとか教えたんだから!」
老婆は俺の手を振り払うと、プリプリ怒りながら、その場を去った。
呆然としているオレに、ジャスは、
「まあ、その資産家とやらの家まで行きましょう」
と無表情に手帳を閉じた。
☆
「うわ、大きいお屋敷ね! しかも立派」
遠足にやってきたかのごとく、ウィズは大きく両手を挙げる。
確かにオレたちの目の前には大きなお屋敷がある。ぴかぴかに磨かれた門に、シミ一つない真っ白な壁、周りには色とりどりの花々が飾られていたら、そりゃあ立派としか言い様がない。
「じゃあ、鳴らしますね」
ジャスはドアベルを引いた。
十秒もしないうちに出てきた若いメイドに、オレはこの屋敷の主、ガンディさんにお目にかかりたいと頭を下げた。
しかし、今は平日の真っ昼間なものだから、仕事に出かけている、とメイドは丁寧に告げた。
オレはどうしたものか、と頭をかしげていると、
「なら、メイドさん? 書生さんとかはいらっしゃいます? この方も学生さんなんですよ。もしかしたら、話が合うかも」
「は?」
ジャスはとんでもないことを言い出した。オレの声はひっくり返る。
メイドは目をらんらんと輝かせ、
「ああ、キユさんのことですね! いらっしゃいますよ! どうぞ! どうぞ!」
と、オレの腕を握って無理矢理屋敷に中に引きずり込んだ。おい、メイドさんよ。さっきの上品さはどこへ行ったのだ。
「キユさーん! お客さんですよー!」
オレから手を離したメイドは大声で書生の名を呼ぶ。どこからそんな声が出るんだ……。 わたしは若干あきれていると、
「なんだい?」
かすれしゃがれた男の声が二階から聞こえた。
二階の階段から降りてくる人物は背も高いがガタイもいいヤツだった。現在進行形でスポーツとかやっていそうな雰囲気を持っている。色は浅黒く日焼けていた。
ひょろひょろメガネのオレとは対照的だ。そりゃあ黄色い声をだすわな。
ジャスとウィズは、キユをまるで未確認生物のごとく、ポカンと見ていた。
「俺はキユ。シェリヤ大の学生なんだ。ドクター課程を取っている。訳ありでここに住まわせてもらっていてね」
キユはオレに手を差し出す。
オレはその手を握り返しながら、
「オレはケリヤ大学の学生だ。同じくドクター課程だ。考古学専攻なんだが、おまえさんは?」
キユは目をカッと見開いたかと思うと、
「おお、奇遇だな。俺もだ」
と白い歯を見せる。
「西のシェリヤに東のケリヤ」
「お互い一流大学の学生と知って、ライバル心むき出し」
ジャスとウィズはオレたちをニヤニヤと見ている。
「ねえねえ、キユさん。ぶしつけで申し訳ないんだけど、二日ほどの前にこのバブルスシティの外れにある園庭遺跡に行った?」
ウィズは本当にぶしつけにキユに尋ねる。遺跡の探索内容は機密も機密。失礼にもほどがある。こいつらの親の顔が見たいものだ!
キユは失礼すぎる質問だったのにも関わらず、
「ああ。行ったさ。それが?」
爽やかな笑顔で答える。
「もしかして、常闇のグリモワールを持って行っちゃいました?」
ジャスはキユを見上げる。
「ああ! 手に入れるのにはそりゃあもう大変だったさ! ちょっとした冒険譚だよ」
キユは満面の笑みで返事をする。その返事はオレはがっくりと肩を落とす。
「でも、これで論文を書けば、俺は学者としての一歩を踏めるんだ! 残念だったな!」
豪快にキユは笑うと、ジャスの頭をぐしゃぐしゃとなでる。
ジャスは無表情にキユの手を振り払うと、
「その本、この場で良いので、読ませていただいても良いでしょうか?」
と学者にとって無礼なことを言い放った。
「おい! それは学者にとって論文の盗用になって、アウトで怒られてしまうんだよ!」
オレはジャスの肩をつかむ。
「それは、エリュさんが読んだら、でしょ? ボクらはご覧の通り、ガキですから。問題はないはずです」
ジャスはオレの腕も払うと、
「お願いします。常闇のグリモワールをちらりでもいいので、読ませてください」
と頭を下げた。
キユは、
「ジャスくんだっけ? 本当は君のような若い子の勉強のために見せておきたいものなのだけど、常闇のグリモワールは見れば見るほどなかなか危険なモノらしくってね。ごめんな」
「危険なモノ?」
オレはキユの言葉をオウム返しする。
「今、少し読んでいたのだけど、ちょっと才能がある子が手に取ったら、すぐに闇の魔動力が発動してしまいかねないんだ。だから」
キユは頭を軽くかくと、
「君たちのような未来ある子を闇に落とすわけにはいかないから、さ。ごめんよ」
と相変わらず爽やかな笑顔をジャスに向ける。
たしかにそれはもっともだ。ウィズは魔導術を使えるのだ。光使いの領域、炎を操っていた彼女が、もし闇に落ちてしまったら、オレはどうしたらいいのかわからない。ジャスも悲しむだろう。
「そんな! 闇も光も使い方次第よ。心がけしだいよ。ねえ、見せてよ!」
なぜかウィズはムキになってキユに食いつく。
それに若干オレは引く。
「ウィズ。ちょっと、落ち着いて」
ジャスはウィズの肩を揺さぶる。
ウィズはジャスの腕を振り払うと、
「わかったわよ」
と肩を落とし、ため息をつく。
キユは、
「嬢ちゃん。ごめんね。こればっかしは」
と残念そうな顔を作る。
「すまなかった。騒いだりして」
オレは、頭を下げる。
「いや、いいよ。良いライバルができたと思ってるし」
キユは白い歯を見せ、笑った。
敵ながらアッパレなやつだ。
ふと、目をやると、例のバカ双子がいない。
「あれ、子供たちがいないね」
「ったく……。面倒ばかりかけるんだから……」
キユは苦笑いをする。オレはため息をついた。
☆
オレはこの立派な屋敷を一人で出た。
あのエントランスフロア中を探したのにも関わらず、ジャスもウィズはどこにもいない。
キユに確かにあいつらはいたよな、と聞く。ヤツも確かにいた、と答えたから、いたに決まっているんだろうけど……。
帰り際、キユから連絡先をもらった。
今度、常闇遺跡について語ろうぜ、と素敵で嫌味な笑顔で肩をたたかれた。
多分連絡することはないだろう。でも、いらないとは言えなかった。
オレは泊まっているホテルの部屋まで戻ると、写りが悪いテレビを付け、ベッドに大の字になった。
オレは絶望感にさいなまれていた。
そりゃあ、そうだろう。
だれも目をつけていないと思っていた古文書を読んで、ケリヤシティから六時間かけてバブルスシティまでやってきたのだ。
まさか、先を越されるなんて……!
オレは寝返りを打って、目をつむる。
テレビからは女性のアナウンサーのニュースを読む声が聞こえている。
オレはその単調な声を子守歌にうとうとと眠りかけた。
突然、女性の悲鳴がテレビから聞こえてきた。
オレは跳ね起き、テレビの方を見る。
その光景にオレは驚き、失神してしまいそうだった。
というのも、テレビからきれいな金髪をポニーテールにした女が這いつくばって出てきたからだ。
ちょっとした……というか、かなりのホラーである。
あまりの恐怖にオレは声も出ない。
完全にテレビからでた金髪は立ち上がった。
そのときオレの心臓は限界を超え、そのまま目の前が真っ暗になった。
☆
目が覚めると、オレはベッドに寝ていた。
さっきもベッドに寝てはいた。時計を見ると、六時を過ぎたころぐらいだ。
先刻はだいたい一時前だったから、五時間ぐらい寝ていたのか、と思っていた。
しかし、なんだか様子がおかしい。
着ている服がパジャマなのだ。
オレはいつの間に着替えていたのかと驚く。
しかし、それ以上に驚いたのは、テレビをつけた時だった。
またあの金髪が現れるかも、と恐る恐るつけた。ただのアナウンサーが写っているだけだったので、胸をなで下ろす。しかし、なで下ろすのが早かった。
っていうのも、テレビが告げた日付が、さっきの三日前だったからである。しかも流れているニュースは朝のものだ!
「ど……どういうことだ……?」
オレは顔から血の気が引く。
何が起こったかわからないオレは、とりあえずキユに連絡を取ろうと、渡された連絡先のメモを探した。見つからない!
じれったくなって、キユに直接会いにガンディ邸まで走って行った。
門前払いを喰らった。
まだ朝の八時なのだ。当たり前っちゃあ当たり前なんだけど、オレの頭はパニックに陥っていたため、それどころではない。
オレは騒いで騒いで騒ぎまくった。
とうとう屋敷の主、ガンディさんが出てきて、
「キユなんて書生はいませんよ。わかったなら、帰れ帰れ」
と言って、勢いよく門を閉めた。
呆然とするオレは腕を組み、どうしようかと頭を悩ませる。
あることに気がついた。
「キユがまだ来ていないってことは、あの遺跡にはまだ常闇のグリモワールがあるってことじゃねえか!」
オレは棚からぼたもち! と心の中で万歳をする。
オレは急いでホテルまで戻って、あの園庭遺跡に向かった。
☆
キユがいないってことは、安心して探索すればいいのだろうけど、若干せっかちな正確のオレは「二日後」に通った道を走る。
もちろん、ミイラのトラップにはハマらないように気をつけてる。
あのときは丸々四時間探索にかかったけど、その半分の時間で最奥地のほこらまでついた。
走ったためか緊張のためかわからないが、あえぐ息を整えつつ、オレはほこらの扉に手をかけた。
ほこらに手を触れた途端、電気のようなしびれる感覚に陥った。オレは扉から手を離す。
「常闇のグリモワールだけあって、闇の力が強いのか……」
もう一度、扉に手にかける。
しびれる。痛い。
魔動力については基本しか知らないため、この力にどう対処すれば良いのかと腕を組む。
だんだんと日陰が伸び濃くなってきた。
いやこれは日陰ではない。
暗闇だ!
「おい。そこの青年よ」
深いところから響く低音の声が聞こえた。
恐怖のあまり、腰が抜けたオレはへたり込んでしまう。
「ここにある常闇のグリモワールが欲しいのか?」
叫びたくても声が出ない。
ああ。たった数日間、命が長らえただけだったんて! さっきのテレビから金髪が現れたといい、このことといい、こんな恐怖に襲われるのだったら、ミイラになった方がよかったかもしれない!
オレは年甲斐もなく、涙が流れてきた。声まであげて泣く。
草木をかき分ける音が鳴った。鼻を押さえつつ、オレは振り向く。
そこにはウィズとジャスと、いつかの金髪美女が立っていた。
「なんで、おまえらがそこにいるんだ?」
双子の顔を見たオレは金髪美女にビビりつつ、少しだけホッとして立ち上がる。
「あれっ? なんでエリュさんが? ここに来るのは明日のはずなのに!」
ジャスは目を点にさせている。
来るのが明日のはず? もしかして、もしかしてじゃなくても、オレ、時間旅行してる?
「ホラリー姉さん? もしかしてとちった……?」
ウィズはホラリーと呼ばれた目を泳がせている金髪美女をにらむ。
ホラリーはあまりにも綺麗でグラマラスで好みのタイプだったため、見とれてしまう。
もっと見つめていたかったのだけど、首を左右に振り煩悩を振り払って、
「おい、ちょっと。助けてくれよ。なんかいるんだよ」
とほこらに指を指す。
「ちょーっといいかしら?」
ホラリーはほこらの扉を勢いよく開けた。
それからごそごそとほこらの中を漁る。
この間の抜けた光景になんだか脱力してしまったオレは涙をふきつつジャスに、
「お前の姉ちゃん、美人だな」
とからかいを耳打ちをする。
「姉みたいに慕っているだけなので、姉ではないですよ。ほら、これで顔を拭いてください」
ジャスは無表情に真っ白な木綿のハンカチを渡す。
オレはご厚意に甘えて、顔を拭く。
「ねえ、エリュ。なんであなた、あたしたちのことを覚えているの?」
ウィズは顔を青ざめさせている。
「知らねえよ。覚えているもんは覚えているんだからさ!」
オレの顔はすっかり元に戻った。
ウィズは頭を抱えて、どうしよう、と一言つぶやく。
「それよりよ、お前らのほうだって、どうしてオレのことを覚えているんだ? その口ぶりから行くと、オレと初めて出会ったのは明日になるはずだぞ? もしかしてお前たちも時間旅行をしているのか?」
オレの質問にウィズもジャスも頭を左右に振って、
「無駄に頭が良いんだった……」
と同時に小声でつぶやく。
「無駄に頭がよくて悪かったな」
オレは悪態をつく。
「あ、あったわ!」
ホラリーはほこらから身体を抜く。一冊の真っ黒な本が握られていた。
「あーよかったあ……!」
三人は胸をなで下ろした。
「はい。これで任務達成ね」
ホラリーはウィズに本を渡す。
「な……何がよかったんだ?」
三人の安堵にオレは疑問を持つ。
「なんでもないわ」
ホラリーは手を振り、笑顔で流そうとする。
「なにもなくないぞ! なんだ、お前らは!」
ほこらの声が思い切り叫ぶ。
「え? あたしたち? なんでもないわよ」
「そんなはずあるか! その青年と明らかにお前らは何かが違うぞ!」
ウィズのとぼけに、低い声の持ち主は鋭い声でキレる。
「そんなにこっちの身分を知りたけりゃ、そっちの身分を明かしてよ。常闇人の眷属さん」
ジャスはさっきと打って変わって軽やかな笑顔でほこらを見る。
「な……なぜ、わしが眷属と……」
「だって、常闇のグリモワールを守っているのがただの犬だった時の方が訳がわからないわ」
ほこらの声にウィズがよくわからないツッコミをする。
「ほ……ほら。わしの身分を明かしたのだ。てめえらも言えよな」
「明かしてないじゃないの」
ホラリーはキツい目線でほこらをにらみつける。
「は……?」
ほこらの主の声は若干かたまっている。
「わたしが言いたいのは、誰の命を受けて、こんなへんぴなところにいるのさ? しかも常闇のグリモワールを持ってね!」
「とどのつまり、あなたは誰の手下なの?」
「あ……イヤ……その……」
ホラリーとウィズに詰め寄られているほこらは明らかに動揺している。
「もしかしてデリヤ?」
「なぜ、そのお方の名前を!」
ジャスが軽い調子で挙げた名前にほこらは反応する。
「やっぱなあ……」
ウィズはけだるげに頭をかく。
「わ……わたし、危ない橋を渡らないのが主義だから!」
ホラリーは指を鳴らすと、黒い霧が彼女の周りを包み込む。
「ホラ姉!」
双子は声をそろえて引き留めようとはしていた。しかし、むなしくホラリーは消えた。
「くっそう。肝心なときに!」
ジャスは拳を思い切り握る。
「あー、あの人、一応管理職だから……。あたしたちと違って下手に他と亀裂を作っちゃうって思っているんでしょ。仕方がないわ」
ウィズは自身の頬を人差し指で突っつく。
そんなアンニュイな会話を聞いていると、真っ昼間にしては暗かった最深部はますます暗くなっていく。
少し外気とは違う寒気がしてきた。
「クレイヤ。常闇人としての権限をあげてやる。その青年を殺し、そのバカな下っ端二人を精神の海へ突き落とせ」
ほこらの声と明らかに違う、身体の底から響くかなり低いしわがれた声が聞こえてきた。
「えっ……。デリヤ様……。あの……。全員殺せばいいのでは?」
クレイヤと呼ばれたほこらの声の声はふるえている。動揺しているようだ。
この世の声と思えない声の主――デリヤは、
「この子供の正体がわかぬのか! 儂の同胞だぞ!」
とキツい口調でクレイヤに怒鳴り散らす。
「しかも、こいつらはあの憎き長の秘蔵っ子だ! くそっ。あのやろう。とうとうここにまで目をつけやがって!」
デリヤは舌打ちをする。
「でも……。まあ。飛んで火に入る夏の虫、ってヤツだ。この場所は儂に最適化されている場所。お前らに勝ち目はない!」
デリヤの言葉に反応するようにだんだんと太陽の光は見えなくなっていく。
「お前らの力以上の闇が覆えれば……どうなるか、さすがにわかるだろう?」
いや、さっぱりわからん。
オレは殺されたくないけど、闇使いたちの中では殺されること決定なのはわかる。
しかし、この双子はなんだ? このほこらの闇使いと同じ仲間だと? オレは耳を疑う。
ウィズはジャスの目を見てから、は軽くため息をつくと、
「そんなに自分のフィールドにしたいなら、すれば?」
と両手を空に向ける。
「そうそう。したいならすればいいんですよ」
ジャスもデリヤをあおる。
「おい、やめてくれよ! 勝算はあるのか?」
オレはジャスの肩をつかむ。
「いや、ないですよ」
ジャスはオレの顔をまっすぐ見る。
「それはマジで言っているのか?」
オレの言葉にウィズは、
「そうよ。だからね」
とオレの手を握り、
「逃げるのよ!」
と叫び、元来た道を走り戻り始めた。
オレはなんとかこけずに済んだけど、双子の走るスピードに負けそうになる。
「なんで逃げるんだよ!」
息絶え絶えだったけどオレは双子に尋ねる。
「だって、常闇のグリモワールはもう手に入れたんですよ。無理に戦う必要なんてありますか? お互い傷つくなんてばかなことする必要ないんですよ」
ジャスは走っているのにもかかわらず、一切息を弾んでいない。
離れて行くにつれ、明るい太陽光が照らしてくれる。
オレは助かった、と走りながら安堵感を覚える。
「ここまで来れば……」
ジャスがそういって走る速度を遅くしたときだった。
空が一瞬暗くなった。
「ん……? なにかしら?」
ウィズが首をかしげる。
地面がふるえ、重低音が響き渡った。
「なによなによ」
ウィズは立ち止まる。
目の前に、黒い霧が集まった。
その黒い霧は背の高く長い黒髪の男性になった。
「あなた方を傷つけたくはないが、デリヤ様の命だ。許せ」
切れ長の目でこちらをにらみつけると、オレに向かってアサシンが使うようなナイフ三本を思い切り投げつけてきた。
オレはしりもちをつき、我を忘れて大絶叫で騒ぐ。
しかし、オレの目の前にウィズが立ち指を二回鳴らすと、やってくるナイフはすべて彼女の身体の目の前で弾かれた。
「ちょっと? クレイヤさんだっけ? エリュさんを襲う前にあたしを襲いなさいよ!」
ウィズは男――クレイヤに指を指す。
「なら、お言葉に甘えて。お前を先に精神の海へ突き落としてやるぞ!」
クレイヤはすべるように近づいてくると、ウィズの胸ぐらをつかむ。空いている方の手で指を三回鳴らすと、ウィズの胸元のフリルが黒い炎で燃えていく。
ウィズの顔がこわばるのがわかる。
オレは彼女を助けたかった。でもどうすればいいのか方法が思いつかないし、そもそも戦うすべがないのだ。どうしようもない。
オレは吹き出てくる冷や汗が目に入ったため、目をつぶる。袖で拭き、目をもう一度ウィズに向ける。
クレイヤの後ろにジャスが立っていた。手には大ぶりのナイフを持っている。
息を殺してジャスはクレイヤに近づくと、後ろからクレイヤを串刺しにした。
その光景にオレは息をのむ。
「ちょ……ちょっと、そこの坊や? 今、一体なにを刺した?」
クレイヤは苦しそうにウィズの手を離す。
「なにをって、刺しただけですよ。常闇のナイフをね」
ジャスはナイフを抜いた。刃には粘り気のある黒い液体がべったりとくっついている。
ナイフが抜かれたクレイヤはがっくりと膝を落とすと、そのまま倒れ込んだ。
そして身体は氷のように溶け、そのままクレイヤは蒸発した。
「いっちょあがり!」
ジャスが指を鳴らすと、黒い霧が現れた。その霧の中にジャスはナイフを放り込む。もう一回指を鳴らすと、その霧は綺麗さっぱりなくなってしまった。
「あー死ぬかと思った」
ウィズも指を鳴らすと、胸元のフリルが元に戻る。
「ちょっと、ジャス? あたし、たかが眷属に殺されそうになったのよ!」
ウィズはジャスに詰め寄る。
「でも消えていないじゃないか。それで良かったとしようよ」
ひょうひょうとしたジャスの様子にウィズは脱力のためか肩を落とす。
この戦いにおける双子の行動に、明らかに人間じみた行動をしていないと確信したオレは、
「あのさ……。おまえら、もしかして、闇使い……いや、常闇の人々か?」
思い切った疑問をぶつけてみた。
ふたごは頭を落とすと、同時に顔を上げ、お互いの目を見た。
「ええ。確かにボクらは常闇族ですよ。それが?」
ジャスは軽い調子で答えた。
オレは明らかに動揺する。そりゃあそうだ。常闇の人々といったら、この世界を作った存在なのだから! 常闇人はこの世界を「世界の裏側」という場所から見守っている存在と古文書には書かれてあったはずなのに、なんで目の前にいるんだ?
いろいろ聞こうと思った。しかし、
「んじゃ、手に入るモノは入ったし、さっさと帰りましょ」
ウィズがそう言って指を上げた瞬間だった。
空が少し暗くなり、ウィズの隣を何かが通った。
「ん……。あ!」
「ウィズ、どうした?」
ジャスはウィズの顔を見る。
「常闇のグリモワールが! ないの!」
ウィズは両手を挙げ、広げる。
「えっ!」
ジャスの顔は目を見開く。
「やっぱりクレイヤはだめだったか……」
デリヤの声がどこからともなく聞こえる。
「取り戻すことができただけ、よしとしよう」
という言葉と同時に、闇は消えた。
双子の顔を見ると、明らかにかたまっていた。
「ど……どうしよう……」
ウィズの顔は焦りが見える。
ジャスは頭をかくと、
「まあ、デリヤの行方を捜さないと……」
と落ち込んだ声を出す。
「と……とりあえず、戻りましょ……。それから作戦を立て直さないと……」
ウィズがふるえる声でそう言って一歩足を踏み出したとき、再び黒い影が現れた。
オレは身構える。
長身で長い銀髪、同じく白く長いマントを着た人物が目の前にいた。
「ペンタのウィズとジャスだな?」
ハスキーな声で双子をにらみつける。
「そ……それがなによ?」
ウィズの声は引きつっている。全体的に白い人物は、
「こちらはネメシスのブラックスター。おまえたちが我々の定めを破った疑いを調査しに来た」
「ネメシス……うそだろ……?」
「ネメシスってなんだ?」
顔面蒼白のジャスにオレは聞く。
「ボクら、常闇の人々の懲罰部隊です」
ジャスは小さく低い声で答える。
「キユという人物を知っているな?」
「キユ、だって?」
オレはブラックスターが告げた名前に驚きのあまり声を上げる。
「この男に身分を明かしたことも掟を破っているが……。それ以上に、キユの人生を変えてしまった疑いがある。時間の番人ホラリーをそそのかして五年前に時間を戻り、キユを大学を落とした。人間の運命を変えてしまうのは禁忌も禁忌。よほどの理由がない限り、それは許されない」
ブラックスターの言葉は冷たい声は責められているわけではないのに、オレの心に冷たく刺さる。
「り……理由はある! 長の命を受けて、常闇のグリモワールを回収しに来た。キユはそれをボクたちより先に手に入れちゃったから、それを回避するためだったんだ」
必死に弁解するジャスの顔は無表情だが汗でにじんでいる。
「常闇のグリモワールだって? まさか、そんな! ウソをつくな!」
ブラックスターは双子を鋭い目でにらむ。
「ウソじゃあないわ!」
ウィズもブラックスターに負けないぐらいにらむ。
「ブラックスターさん、だっけ? 確かにウソじゃあないぜ。そこのほこらにデリヤってやつが常闇のグリモワールを隠していたんだ。んで、守っていたクレイヤをジャスが刺して倒したんだ」
助けるつもりというよりは、真実を話さねばとオレは口を開いた。
「デリヤだと……」
ブラックスターは腕を組む。それから組んだ腕をほどくと、
「私はペンタのお前たちについて行く。本当に正当な理由があるか確かめる必要がある」
「なんですって?」
無表情でブラックスターはとんでもないことを言い出した。ウィズはブラックスターに食いつく。
「ちゃんとした理由があるならば、ついてきても別にかまわないだろう?」
「でも、今、手詰まりしているんだ。だから一回帰ろうと思ってて」
ジャスは真剣な目でブラックスターを見る。
ブラックスターは上を一回見る。それからジャスの目を見ると、
「現在、ネメシスはデリヤを追っている。もし、我々の手伝いをしてくれるなら、情報を教えてもいいのだが」
と相変わらず無表情で話す。
「なら、あたしたちも許してくれる?」
「それはこれと別問題だ」
ブラックスターはウィズを鋭い目で冷たく見る。
「そこの青年よ。今からお前の記憶を消す。最後にこのペンタに言っておきたいことは?」
ブラックスターのとんでもない言葉に、
「記憶を消さないでくれ。オレはただ純粋に常闇のグリモワールを読んでみたいんだ。オレは光も闇もどちらも使えない。だからこそ、そういう秘技について調べたいんだ。学者としてのサガもある!」
オレは頭を下げ、
「お願いだ!」
と叫んだ。
「学者としての、サガ、か」
ブラックスターは肩をふるわせていた。なんと笑っている!
「わかったよ。そこまでいうなら。だた、死んでも知らないぞ」
ブラックスターは片笑みをした。
バブルスシティの有名なカフェテリアでブランチのサンドウィッチを頬張っていると、昨日出会った双子、ジャスとウィズがオレの隣のテーブルに座った。
ジャスはクリームが挟んであるスポンジケーキとアイスストレートティ、ウィズはアイスミルクティをお盆にのせて持っている。
「エリュさん、早いのね。あたし、まだ眠いわ」
テーブルにお盆を置いたウィズは大きなあくびをする。
「おいおい。もう昼まで二時間もないぞ。寝過ぎだ」
オレはカフェオレでサンドウィッチを流し込み、彼女をあきれた目で見る。
「まあ、これからどうするか、ですよね」
ジャスはストレートティをストローですすると、肩掛け鞄から青い表紙の手帳と紺色の万年筆を取り出した。
広げた手帳には、びっちりと古代文字でなにかが書かれていた。こうクセのある文字だと、今使われているアリア文字ですら読めないのに、古代文字だとなおさら読めるはずがない。
「ホテルに戻ってから、ボクら上司から情報をいくつかもらったんですよ。たいした情報はなかったのですが……。情報屋さんってこの街にあるんですってね。その人に聞きなさいって言われまして」
「はあ」
ジャスの言葉にオレは目が点になった。
こんなクソガキ二人に上司? っていうか、情報屋? はっきり言って意味がわからない。
「情報屋ってどこにどんな人なのかしらね?」
「そんな職業あるのかなあ?」
双子はのんきに手帳をのぞき込み、楽しげに話す。
オレはいつギムナジウムの先生になったのか! いや、確かに学者は目指している。しかし、ギムナジウムに就職するつもりは毛頭ない。
「おい、おまえら。確かにこの街に情報屋はいるが、あんな怪しげなやからとオレは関わりたくない」
オレはテーブルを軽くたたく。食器は高い音を立てる。
「あ、そうですか。なら、ボクらだけでいきます」
いつの間にか空になった食器が載ったお盆を持ってジャスは立ち上がる。
「おいおいおいおい! おまえらだけで行くのか?」
オレは二人に食いつく。
「だって、エリュさん、行きたくないんでしょ?」
ウィズも空のグラスを持って立っている。
「いや! そういう意味ではない!」
オレも勢いよく立ち上がると、
「あんな犯罪者ギリギリのことをしているヤツらとつるみたくないんだよ! しかもそういうのがあるところは、たいてい、治安の悪いスラム街だ! おたくらみたいなお上品な坊ちゃんと嬢ちゃんがいくところじゃないんだ!」
とツバが出るほど、二人を止める。
「犯罪者で悪かったねえ」
老婆の声が聞こえてきた。
オレはその声の方向を見る。ウィズとジャスの目も同じ方向を見ている。
そこには薄汚れてよれよれのスカーフを頭に巻いた小柄で、見るからに貧相な老婆がジャスたちのテーブルの隣に座っていた。
オレは身体を半歩後ずさりする。
「おばあさん? もしかして、情報屋?」
ジャスは老婆にとぼけた声で尋ねる。
「人はわしのことをそう呼ぶね」
情報屋の老婆はしわがれた声で笑う。
「ねえねえ。情報屋さん。話を聞いていればわかっているかもしれないけれどさ。常闇のグリモワールを持っている人を探しているのよ。知らないかしら?」
ウィズは楽しそうな目で情報屋の老婆を見る。
「知っているよ」
ウィズは老婆の言葉に、
「うわあい! なら教えて!」
と楽しそうに両手を挙げる。
「教えてはやるが、ただではやれないね」
情報屋は嫌味な目をする。
「この世はなにもかも金だよ。金! 金さえあればなんでもかなうんだよ!」
情報屋の老婆は楽しげに卑しいことを言うと、牛乳を一気飲みする。
オレは心の中で頭を抱えた。
金はないわけではない。むしろ、実家はこの国じゃ金持ちのうちに入る。
しかし、こんな老婆がそんな情報を持っているとは思えない。支払ってまでの価値があるのかどうか……。
オレはそう考えていると、
「わかりました。小切手で良いなら。いくらですか? そちらの言い値でいいですよ」
ジャスはそう言って、鞄から国一番有名な銀行の小切手帳を取り出す。
老婆の言い値はオレの一ヶ月の食費ぐらいだった。
「わかりました」
ジャスは万年筆の蓋をひねる。
「おい、ちょっと!」
オレはジャスを止めようとする。
しかし、ジャスは小切手帳にさらさらと金額を記入すると、
「これでいいですか?」
小切手を切り離した。
「気前が良いね。坊ちゃん」
情報屋の老婆は小切手を受け取る。
「街外れの園庭遺跡に常闇のグリモワールがあったのは知っていたんだろ? で、その口ぶりじゃあ、取りに行ったみたいだね」
老婆はジャスの顔をニヤニヤと見る。
「ええ。でももうなかったんです。どこにあるかわかっていますよね?」
老婆が大きく馬鹿笑いをすると、
「ああ。わかっているさ。このバブルスシティで一番の資産家、ガンディさんのもとにある。書生さんが園庭遺跡までとりにいったって聞いたよ」
「なんのために?」
ウィズは老婆の目線まで頭を下げる。
「それは知らないね。こっちが持っている情報はこれぐらいだよ」
老婆は立ち上がり、空いたグラスを持つ。
「おいおい! それだけかい!」
オレは老婆の腕をつかむ。
「それだけでも十分な情報だろ? どこにブツがあるかとか教えたんだから!」
老婆は俺の手を振り払うと、プリプリ怒りながら、その場を去った。
呆然としているオレに、ジャスは、
「まあ、その資産家とやらの家まで行きましょう」
と無表情に手帳を閉じた。
☆
「うわ、大きいお屋敷ね! しかも立派」
遠足にやってきたかのごとく、ウィズは大きく両手を挙げる。
確かにオレたちの目の前には大きなお屋敷がある。ぴかぴかに磨かれた門に、シミ一つない真っ白な壁、周りには色とりどりの花々が飾られていたら、そりゃあ立派としか言い様がない。
「じゃあ、鳴らしますね」
ジャスはドアベルを引いた。
十秒もしないうちに出てきた若いメイドに、オレはこの屋敷の主、ガンディさんにお目にかかりたいと頭を下げた。
しかし、今は平日の真っ昼間なものだから、仕事に出かけている、とメイドは丁寧に告げた。
オレはどうしたものか、と頭をかしげていると、
「なら、メイドさん? 書生さんとかはいらっしゃいます? この方も学生さんなんですよ。もしかしたら、話が合うかも」
「は?」
ジャスはとんでもないことを言い出した。オレの声はひっくり返る。
メイドは目をらんらんと輝かせ、
「ああ、キユさんのことですね! いらっしゃいますよ! どうぞ! どうぞ!」
と、オレの腕を握って無理矢理屋敷に中に引きずり込んだ。おい、メイドさんよ。さっきの上品さはどこへ行ったのだ。
「キユさーん! お客さんですよー!」
オレから手を離したメイドは大声で書生の名を呼ぶ。どこからそんな声が出るんだ……。 わたしは若干あきれていると、
「なんだい?」
かすれしゃがれた男の声が二階から聞こえた。
二階の階段から降りてくる人物は背も高いがガタイもいいヤツだった。現在進行形でスポーツとかやっていそうな雰囲気を持っている。色は浅黒く日焼けていた。
ひょろひょろメガネのオレとは対照的だ。そりゃあ黄色い声をだすわな。
ジャスとウィズは、キユをまるで未確認生物のごとく、ポカンと見ていた。
「俺はキユ。シェリヤ大の学生なんだ。ドクター課程を取っている。訳ありでここに住まわせてもらっていてね」
キユはオレに手を差し出す。
オレはその手を握り返しながら、
「オレはケリヤ大学の学生だ。同じくドクター課程だ。考古学専攻なんだが、おまえさんは?」
キユは目をカッと見開いたかと思うと、
「おお、奇遇だな。俺もだ」
と白い歯を見せる。
「西のシェリヤに東のケリヤ」
「お互い一流大学の学生と知って、ライバル心むき出し」
ジャスとウィズはオレたちをニヤニヤと見ている。
「ねえねえ、キユさん。ぶしつけで申し訳ないんだけど、二日ほどの前にこのバブルスシティの外れにある園庭遺跡に行った?」
ウィズは本当にぶしつけにキユに尋ねる。遺跡の探索内容は機密も機密。失礼にもほどがある。こいつらの親の顔が見たいものだ!
キユは失礼すぎる質問だったのにも関わらず、
「ああ。行ったさ。それが?」
爽やかな笑顔で答える。
「もしかして、常闇のグリモワールを持って行っちゃいました?」
ジャスはキユを見上げる。
「ああ! 手に入れるのにはそりゃあもう大変だったさ! ちょっとした冒険譚だよ」
キユは満面の笑みで返事をする。その返事はオレはがっくりと肩を落とす。
「でも、これで論文を書けば、俺は学者としての一歩を踏めるんだ! 残念だったな!」
豪快にキユは笑うと、ジャスの頭をぐしゃぐしゃとなでる。
ジャスは無表情にキユの手を振り払うと、
「その本、この場で良いので、読ませていただいても良いでしょうか?」
と学者にとって無礼なことを言い放った。
「おい! それは学者にとって論文の盗用になって、アウトで怒られてしまうんだよ!」
オレはジャスの肩をつかむ。
「それは、エリュさんが読んだら、でしょ? ボクらはご覧の通り、ガキですから。問題はないはずです」
ジャスはオレの腕も払うと、
「お願いします。常闇のグリモワールをちらりでもいいので、読ませてください」
と頭を下げた。
キユは、
「ジャスくんだっけ? 本当は君のような若い子の勉強のために見せておきたいものなのだけど、常闇のグリモワールは見れば見るほどなかなか危険なモノらしくってね。ごめんな」
「危険なモノ?」
オレはキユの言葉をオウム返しする。
「今、少し読んでいたのだけど、ちょっと才能がある子が手に取ったら、すぐに闇の魔動力が発動してしまいかねないんだ。だから」
キユは頭を軽くかくと、
「君たちのような未来ある子を闇に落とすわけにはいかないから、さ。ごめんよ」
と相変わらず爽やかな笑顔をジャスに向ける。
たしかにそれはもっともだ。ウィズは魔導術を使えるのだ。光使いの領域、炎を操っていた彼女が、もし闇に落ちてしまったら、オレはどうしたらいいのかわからない。ジャスも悲しむだろう。
「そんな! 闇も光も使い方次第よ。心がけしだいよ。ねえ、見せてよ!」
なぜかウィズはムキになってキユに食いつく。
それに若干オレは引く。
「ウィズ。ちょっと、落ち着いて」
ジャスはウィズの肩を揺さぶる。
ウィズはジャスの腕を振り払うと、
「わかったわよ」
と肩を落とし、ため息をつく。
キユは、
「嬢ちゃん。ごめんね。こればっかしは」
と残念そうな顔を作る。
「すまなかった。騒いだりして」
オレは、頭を下げる。
「いや、いいよ。良いライバルができたと思ってるし」
キユは白い歯を見せ、笑った。
敵ながらアッパレなやつだ。
ふと、目をやると、例のバカ双子がいない。
「あれ、子供たちがいないね」
「ったく……。面倒ばかりかけるんだから……」
キユは苦笑いをする。オレはため息をついた。
☆
オレはこの立派な屋敷を一人で出た。
あのエントランスフロア中を探したのにも関わらず、ジャスもウィズはどこにもいない。
キユに確かにあいつらはいたよな、と聞く。ヤツも確かにいた、と答えたから、いたに決まっているんだろうけど……。
帰り際、キユから連絡先をもらった。
今度、常闇遺跡について語ろうぜ、と素敵で嫌味な笑顔で肩をたたかれた。
多分連絡することはないだろう。でも、いらないとは言えなかった。
オレは泊まっているホテルの部屋まで戻ると、写りが悪いテレビを付け、ベッドに大の字になった。
オレは絶望感にさいなまれていた。
そりゃあ、そうだろう。
だれも目をつけていないと思っていた古文書を読んで、ケリヤシティから六時間かけてバブルスシティまでやってきたのだ。
まさか、先を越されるなんて……!
オレは寝返りを打って、目をつむる。
テレビからは女性のアナウンサーのニュースを読む声が聞こえている。
オレはその単調な声を子守歌にうとうとと眠りかけた。
突然、女性の悲鳴がテレビから聞こえてきた。
オレは跳ね起き、テレビの方を見る。
その光景にオレは驚き、失神してしまいそうだった。
というのも、テレビからきれいな金髪をポニーテールにした女が這いつくばって出てきたからだ。
ちょっとした……というか、かなりのホラーである。
あまりの恐怖にオレは声も出ない。
完全にテレビからでた金髪は立ち上がった。
そのときオレの心臓は限界を超え、そのまま目の前が真っ暗になった。
☆
目が覚めると、オレはベッドに寝ていた。
さっきもベッドに寝てはいた。時計を見ると、六時を過ぎたころぐらいだ。
先刻はだいたい一時前だったから、五時間ぐらい寝ていたのか、と思っていた。
しかし、なんだか様子がおかしい。
着ている服がパジャマなのだ。
オレはいつの間に着替えていたのかと驚く。
しかし、それ以上に驚いたのは、テレビをつけた時だった。
またあの金髪が現れるかも、と恐る恐るつけた。ただのアナウンサーが写っているだけだったので、胸をなで下ろす。しかし、なで下ろすのが早かった。
っていうのも、テレビが告げた日付が、さっきの三日前だったからである。しかも流れているニュースは朝のものだ!
「ど……どういうことだ……?」
オレは顔から血の気が引く。
何が起こったかわからないオレは、とりあえずキユに連絡を取ろうと、渡された連絡先のメモを探した。見つからない!
じれったくなって、キユに直接会いにガンディ邸まで走って行った。
門前払いを喰らった。
まだ朝の八時なのだ。当たり前っちゃあ当たり前なんだけど、オレの頭はパニックに陥っていたため、それどころではない。
オレは騒いで騒いで騒ぎまくった。
とうとう屋敷の主、ガンディさんが出てきて、
「キユなんて書生はいませんよ。わかったなら、帰れ帰れ」
と言って、勢いよく門を閉めた。
呆然とするオレは腕を組み、どうしようかと頭を悩ませる。
あることに気がついた。
「キユがまだ来ていないってことは、あの遺跡にはまだ常闇のグリモワールがあるってことじゃねえか!」
オレは棚からぼたもち! と心の中で万歳をする。
オレは急いでホテルまで戻って、あの園庭遺跡に向かった。
☆
キユがいないってことは、安心して探索すればいいのだろうけど、若干せっかちな正確のオレは「二日後」に通った道を走る。
もちろん、ミイラのトラップにはハマらないように気をつけてる。
あのときは丸々四時間探索にかかったけど、その半分の時間で最奥地のほこらまでついた。
走ったためか緊張のためかわからないが、あえぐ息を整えつつ、オレはほこらの扉に手をかけた。
ほこらに手を触れた途端、電気のようなしびれる感覚に陥った。オレは扉から手を離す。
「常闇のグリモワールだけあって、闇の力が強いのか……」
もう一度、扉に手にかける。
しびれる。痛い。
魔動力については基本しか知らないため、この力にどう対処すれば良いのかと腕を組む。
だんだんと日陰が伸び濃くなってきた。
いやこれは日陰ではない。
暗闇だ!
「おい。そこの青年よ」
深いところから響く低音の声が聞こえた。
恐怖のあまり、腰が抜けたオレはへたり込んでしまう。
「ここにある常闇のグリモワールが欲しいのか?」
叫びたくても声が出ない。
ああ。たった数日間、命が長らえただけだったんて! さっきのテレビから金髪が現れたといい、このことといい、こんな恐怖に襲われるのだったら、ミイラになった方がよかったかもしれない!
オレは年甲斐もなく、涙が流れてきた。声まであげて泣く。
草木をかき分ける音が鳴った。鼻を押さえつつ、オレは振り向く。
そこにはウィズとジャスと、いつかの金髪美女が立っていた。
「なんで、おまえらがそこにいるんだ?」
双子の顔を見たオレは金髪美女にビビりつつ、少しだけホッとして立ち上がる。
「あれっ? なんでエリュさんが? ここに来るのは明日のはずなのに!」
ジャスは目を点にさせている。
来るのが明日のはず? もしかして、もしかしてじゃなくても、オレ、時間旅行してる?
「ホラリー姉さん? もしかしてとちった……?」
ウィズはホラリーと呼ばれた目を泳がせている金髪美女をにらむ。
ホラリーはあまりにも綺麗でグラマラスで好みのタイプだったため、見とれてしまう。
もっと見つめていたかったのだけど、首を左右に振り煩悩を振り払って、
「おい、ちょっと。助けてくれよ。なんかいるんだよ」
とほこらに指を指す。
「ちょーっといいかしら?」
ホラリーはほこらの扉を勢いよく開けた。
それからごそごそとほこらの中を漁る。
この間の抜けた光景になんだか脱力してしまったオレは涙をふきつつジャスに、
「お前の姉ちゃん、美人だな」
とからかいを耳打ちをする。
「姉みたいに慕っているだけなので、姉ではないですよ。ほら、これで顔を拭いてください」
ジャスは無表情に真っ白な木綿のハンカチを渡す。
オレはご厚意に甘えて、顔を拭く。
「ねえ、エリュ。なんであなた、あたしたちのことを覚えているの?」
ウィズは顔を青ざめさせている。
「知らねえよ。覚えているもんは覚えているんだからさ!」
オレの顔はすっかり元に戻った。
ウィズは頭を抱えて、どうしよう、と一言つぶやく。
「それよりよ、お前らのほうだって、どうしてオレのことを覚えているんだ? その口ぶりから行くと、オレと初めて出会ったのは明日になるはずだぞ? もしかしてお前たちも時間旅行をしているのか?」
オレの質問にウィズもジャスも頭を左右に振って、
「無駄に頭が良いんだった……」
と同時に小声でつぶやく。
「無駄に頭がよくて悪かったな」
オレは悪態をつく。
「あ、あったわ!」
ホラリーはほこらから身体を抜く。一冊の真っ黒な本が握られていた。
「あーよかったあ……!」
三人は胸をなで下ろした。
「はい。これで任務達成ね」
ホラリーはウィズに本を渡す。
「な……何がよかったんだ?」
三人の安堵にオレは疑問を持つ。
「なんでもないわ」
ホラリーは手を振り、笑顔で流そうとする。
「なにもなくないぞ! なんだ、お前らは!」
ほこらの声が思い切り叫ぶ。
「え? あたしたち? なんでもないわよ」
「そんなはずあるか! その青年と明らかにお前らは何かが違うぞ!」
ウィズのとぼけに、低い声の持ち主は鋭い声でキレる。
「そんなにこっちの身分を知りたけりゃ、そっちの身分を明かしてよ。常闇人の眷属さん」
ジャスはさっきと打って変わって軽やかな笑顔でほこらを見る。
「な……なぜ、わしが眷属と……」
「だって、常闇のグリモワールを守っているのがただの犬だった時の方が訳がわからないわ」
ほこらの声にウィズがよくわからないツッコミをする。
「ほ……ほら。わしの身分を明かしたのだ。てめえらも言えよな」
「明かしてないじゃないの」
ホラリーはキツい目線でほこらをにらみつける。
「は……?」
ほこらの主の声は若干かたまっている。
「わたしが言いたいのは、誰の命を受けて、こんなへんぴなところにいるのさ? しかも常闇のグリモワールを持ってね!」
「とどのつまり、あなたは誰の手下なの?」
「あ……イヤ……その……」
ホラリーとウィズに詰め寄られているほこらは明らかに動揺している。
「もしかしてデリヤ?」
「なぜ、そのお方の名前を!」
ジャスが軽い調子で挙げた名前にほこらは反応する。
「やっぱなあ……」
ウィズはけだるげに頭をかく。
「わ……わたし、危ない橋を渡らないのが主義だから!」
ホラリーは指を鳴らすと、黒い霧が彼女の周りを包み込む。
「ホラ姉!」
双子は声をそろえて引き留めようとはしていた。しかし、むなしくホラリーは消えた。
「くっそう。肝心なときに!」
ジャスは拳を思い切り握る。
「あー、あの人、一応管理職だから……。あたしたちと違って下手に他と亀裂を作っちゃうって思っているんでしょ。仕方がないわ」
ウィズは自身の頬を人差し指で突っつく。
そんなアンニュイな会話を聞いていると、真っ昼間にしては暗かった最深部はますます暗くなっていく。
少し外気とは違う寒気がしてきた。
「クレイヤ。常闇人としての権限をあげてやる。その青年を殺し、そのバカな下っ端二人を精神の海へ突き落とせ」
ほこらの声と明らかに違う、身体の底から響くかなり低いしわがれた声が聞こえてきた。
「えっ……。デリヤ様……。あの……。全員殺せばいいのでは?」
クレイヤと呼ばれたほこらの声の声はふるえている。動揺しているようだ。
この世の声と思えない声の主――デリヤは、
「この子供の正体がわかぬのか! 儂の同胞だぞ!」
とキツい口調でクレイヤに怒鳴り散らす。
「しかも、こいつらはあの憎き長の秘蔵っ子だ! くそっ。あのやろう。とうとうここにまで目をつけやがって!」
デリヤは舌打ちをする。
「でも……。まあ。飛んで火に入る夏の虫、ってヤツだ。この場所は儂に最適化されている場所。お前らに勝ち目はない!」
デリヤの言葉に反応するようにだんだんと太陽の光は見えなくなっていく。
「お前らの力以上の闇が覆えれば……どうなるか、さすがにわかるだろう?」
いや、さっぱりわからん。
オレは殺されたくないけど、闇使いたちの中では殺されること決定なのはわかる。
しかし、この双子はなんだ? このほこらの闇使いと同じ仲間だと? オレは耳を疑う。
ウィズはジャスの目を見てから、は軽くため息をつくと、
「そんなに自分のフィールドにしたいなら、すれば?」
と両手を空に向ける。
「そうそう。したいならすればいいんですよ」
ジャスもデリヤをあおる。
「おい、やめてくれよ! 勝算はあるのか?」
オレはジャスの肩をつかむ。
「いや、ないですよ」
ジャスはオレの顔をまっすぐ見る。
「それはマジで言っているのか?」
オレの言葉にウィズは、
「そうよ。だからね」
とオレの手を握り、
「逃げるのよ!」
と叫び、元来た道を走り戻り始めた。
オレはなんとかこけずに済んだけど、双子の走るスピードに負けそうになる。
「なんで逃げるんだよ!」
息絶え絶えだったけどオレは双子に尋ねる。
「だって、常闇のグリモワールはもう手に入れたんですよ。無理に戦う必要なんてありますか? お互い傷つくなんてばかなことする必要ないんですよ」
ジャスは走っているのにもかかわらず、一切息を弾んでいない。
離れて行くにつれ、明るい太陽光が照らしてくれる。
オレは助かった、と走りながら安堵感を覚える。
「ここまで来れば……」
ジャスがそういって走る速度を遅くしたときだった。
空が一瞬暗くなった。
「ん……? なにかしら?」
ウィズが首をかしげる。
地面がふるえ、重低音が響き渡った。
「なによなによ」
ウィズは立ち止まる。
目の前に、黒い霧が集まった。
その黒い霧は背の高く長い黒髪の男性になった。
「あなた方を傷つけたくはないが、デリヤ様の命だ。許せ」
切れ長の目でこちらをにらみつけると、オレに向かってアサシンが使うようなナイフ三本を思い切り投げつけてきた。
オレはしりもちをつき、我を忘れて大絶叫で騒ぐ。
しかし、オレの目の前にウィズが立ち指を二回鳴らすと、やってくるナイフはすべて彼女の身体の目の前で弾かれた。
「ちょっと? クレイヤさんだっけ? エリュさんを襲う前にあたしを襲いなさいよ!」
ウィズは男――クレイヤに指を指す。
「なら、お言葉に甘えて。お前を先に精神の海へ突き落としてやるぞ!」
クレイヤはすべるように近づいてくると、ウィズの胸ぐらをつかむ。空いている方の手で指を三回鳴らすと、ウィズの胸元のフリルが黒い炎で燃えていく。
ウィズの顔がこわばるのがわかる。
オレは彼女を助けたかった。でもどうすればいいのか方法が思いつかないし、そもそも戦うすべがないのだ。どうしようもない。
オレは吹き出てくる冷や汗が目に入ったため、目をつぶる。袖で拭き、目をもう一度ウィズに向ける。
クレイヤの後ろにジャスが立っていた。手には大ぶりのナイフを持っている。
息を殺してジャスはクレイヤに近づくと、後ろからクレイヤを串刺しにした。
その光景にオレは息をのむ。
「ちょ……ちょっと、そこの坊や? 今、一体なにを刺した?」
クレイヤは苦しそうにウィズの手を離す。
「なにをって、刺しただけですよ。常闇のナイフをね」
ジャスはナイフを抜いた。刃には粘り気のある黒い液体がべったりとくっついている。
ナイフが抜かれたクレイヤはがっくりと膝を落とすと、そのまま倒れ込んだ。
そして身体は氷のように溶け、そのままクレイヤは蒸発した。
「いっちょあがり!」
ジャスが指を鳴らすと、黒い霧が現れた。その霧の中にジャスはナイフを放り込む。もう一回指を鳴らすと、その霧は綺麗さっぱりなくなってしまった。
「あー死ぬかと思った」
ウィズも指を鳴らすと、胸元のフリルが元に戻る。
「ちょっと、ジャス? あたし、たかが眷属に殺されそうになったのよ!」
ウィズはジャスに詰め寄る。
「でも消えていないじゃないか。それで良かったとしようよ」
ひょうひょうとしたジャスの様子にウィズは脱力のためか肩を落とす。
この戦いにおける双子の行動に、明らかに人間じみた行動をしていないと確信したオレは、
「あのさ……。おまえら、もしかして、闇使い……いや、常闇の人々か?」
思い切った疑問をぶつけてみた。
ふたごは頭を落とすと、同時に顔を上げ、お互いの目を見た。
「ええ。確かにボクらは常闇族ですよ。それが?」
ジャスは軽い調子で答えた。
オレは明らかに動揺する。そりゃあそうだ。常闇の人々といったら、この世界を作った存在なのだから! 常闇人はこの世界を「世界の裏側」という場所から見守っている存在と古文書には書かれてあったはずなのに、なんで目の前にいるんだ?
いろいろ聞こうと思った。しかし、
「んじゃ、手に入るモノは入ったし、さっさと帰りましょ」
ウィズがそう言って指を上げた瞬間だった。
空が少し暗くなり、ウィズの隣を何かが通った。
「ん……。あ!」
「ウィズ、どうした?」
ジャスはウィズの顔を見る。
「常闇のグリモワールが! ないの!」
ウィズは両手を挙げ、広げる。
「えっ!」
ジャスの顔は目を見開く。
「やっぱりクレイヤはだめだったか……」
デリヤの声がどこからともなく聞こえる。
「取り戻すことができただけ、よしとしよう」
という言葉と同時に、闇は消えた。
双子の顔を見ると、明らかにかたまっていた。
「ど……どうしよう……」
ウィズの顔は焦りが見える。
ジャスは頭をかくと、
「まあ、デリヤの行方を捜さないと……」
と落ち込んだ声を出す。
「と……とりあえず、戻りましょ……。それから作戦を立て直さないと……」
ウィズがふるえる声でそう言って一歩足を踏み出したとき、再び黒い影が現れた。
オレは身構える。
長身で長い銀髪、同じく白く長いマントを着た人物が目の前にいた。
「ペンタのウィズとジャスだな?」
ハスキーな声で双子をにらみつける。
「そ……それがなによ?」
ウィズの声は引きつっている。全体的に白い人物は、
「こちらはネメシスのブラックスター。おまえたちが我々の定めを破った疑いを調査しに来た」
「ネメシス……うそだろ……?」
「ネメシスってなんだ?」
顔面蒼白のジャスにオレは聞く。
「ボクら、常闇の人々の懲罰部隊です」
ジャスは小さく低い声で答える。
「キユという人物を知っているな?」
「キユ、だって?」
オレはブラックスターが告げた名前に驚きのあまり声を上げる。
「この男に身分を明かしたことも掟を破っているが……。それ以上に、キユの人生を変えてしまった疑いがある。時間の番人ホラリーをそそのかして五年前に時間を戻り、キユを大学を落とした。人間の運命を変えてしまうのは禁忌も禁忌。よほどの理由がない限り、それは許されない」
ブラックスターの言葉は冷たい声は責められているわけではないのに、オレの心に冷たく刺さる。
「り……理由はある! 長の命を受けて、常闇のグリモワールを回収しに来た。キユはそれをボクたちより先に手に入れちゃったから、それを回避するためだったんだ」
必死に弁解するジャスの顔は無表情だが汗でにじんでいる。
「常闇のグリモワールだって? まさか、そんな! ウソをつくな!」
ブラックスターは双子を鋭い目でにらむ。
「ウソじゃあないわ!」
ウィズもブラックスターに負けないぐらいにらむ。
「ブラックスターさん、だっけ? 確かにウソじゃあないぜ。そこのほこらにデリヤってやつが常闇のグリモワールを隠していたんだ。んで、守っていたクレイヤをジャスが刺して倒したんだ」
助けるつもりというよりは、真実を話さねばとオレは口を開いた。
「デリヤだと……」
ブラックスターは腕を組む。それから組んだ腕をほどくと、
「私はペンタのお前たちについて行く。本当に正当な理由があるか確かめる必要がある」
「なんですって?」
無表情でブラックスターはとんでもないことを言い出した。ウィズはブラックスターに食いつく。
「ちゃんとした理由があるならば、ついてきても別にかまわないだろう?」
「でも、今、手詰まりしているんだ。だから一回帰ろうと思ってて」
ジャスは真剣な目でブラックスターを見る。
ブラックスターは上を一回見る。それからジャスの目を見ると、
「現在、ネメシスはデリヤを追っている。もし、我々の手伝いをしてくれるなら、情報を教えてもいいのだが」
と相変わらず無表情で話す。
「なら、あたしたちも許してくれる?」
「それはこれと別問題だ」
ブラックスターはウィズを鋭い目で冷たく見る。
「そこの青年よ。今からお前の記憶を消す。最後にこのペンタに言っておきたいことは?」
ブラックスターのとんでもない言葉に、
「記憶を消さないでくれ。オレはただ純粋に常闇のグリモワールを読んでみたいんだ。オレは光も闇もどちらも使えない。だからこそ、そういう秘技について調べたいんだ。学者としてのサガもある!」
オレは頭を下げ、
「お願いだ!」
と叫んだ。
「学者としての、サガ、か」
ブラックスターは肩をふるわせていた。なんと笑っている!
「わかったよ。そこまでいうなら。だた、死んでも知らないぞ」
ブラックスターは片笑みをした。